2020年03月21日

Switch インタビュー「ブレイディみかこ×鴻上尚史」

 今をときめくお二人の対談。いやー素晴らしかった。首をぶんぶん縦に振りっぱなし。

 前半は、ブレイディさんへの鴻上さんのインタビュー。「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」や「子どもたちの階級闘争」から引用されたエピソードを元に、「多様性を乗り越えていくこと」がさまざまな角度から語られる。「ぼくはイエローで…」を語る時に誰もが触れる「制服」のエピソードに加えて、鴻上さんは「エンパシー」について触れられた。本の中では、中学生の息子さんが「公民」の試験で出題された問題で、彼は「他人の靴を履いてみること(他人の立場に立って考えてみること)」と答えたそうだ。なお、英語の empathy は、「他人の感覚を理解し共有する能力」と定義されている。実は、英和辞典で調べてみると「感情移入」「共感」という訳語が当てられているが、これでは "ability" というニュアンスが欠落している。ブレイディさんが強調するのは、「empathy が ability だ、ということは、これは『訓練によって伸ばすことができる』ものなのだ」という点。この点は、後半の鴻上さんの「演劇教育」の話題とつながってくる。

 後半は、鴻上さんへのブレイディさんのインタビュー。「理不尽なルールと戦う」ことが鴻上さんの信念の一つになっていることが語られる。理不尽なルールが山のようにあることは、日本社会が抱えている大きな問題だ。鴻上さんはこれを、「同調圧力」、あるいは「世間」と「社会」という切り口で説明していく。「世間」とは、自分の知っている範囲の人々の集まりであり、「社会」は自分と関わりのない、知らない人々の集まりである。かつて日本社会では、「世間」の範囲のルールに従っていれば生きていけたのだが、人間の間の関係性が複雑になるにつれて、「社会」と対峙することが避けられなくなってきた。現代の日本は、まだその折り合いをつけることができずに、苦しんでいる状況なのではないか、と。

 未来への一つの希望として、「演劇」を学校教育に取り入れることが有効ではないか、と話は続く。鴻上さんはもちろん演劇人の立場から、そしてブレイディさんは英国の教育機関でしばしば「演劇」的な要素が取り入れられているという体験から、この視点で意見が一致する。鴻上さんは「演劇人がこれを言っても手前味噌になるだけだから、他の人にどんどん言って欲しい」と言われる。まあそれはそうなんだろうけど、鴻上さんや平田オリザさんのような一流の演劇人が、演劇教育に積極的に取り組んでおられるのは、未来につながると思います。

 内容の濃い、すばらしいインタビューだった。多くの人に見て欲しいですね。

タグ:社会
Posted at 2020年03月21日 23:45:01
email.png