2021年04月14日

「そこに工場があるかぎり」(小川洋子著、集英社)

 新聞に新刊広告が出た時に、妻に「小川洋子さんの工場見学の本出てるよ」と教えてもらった。いやもちろんチェックしてましたとも。

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 第一話の「エストロラボ」(金属穴あけ加工)で、「あ、ちょっと思ってたのと違うかも」と感じた。女性が女性だけで起業して工場を作った、という話が前面に押し出されてくる。そういう話はもちろん嫌いじゃないんだけど、ビジネス系のメディアとかでいくらでも読める話なのですよ。わざわざ、それを小川洋子さんの筆で読みたいとは思わない。少し違和感を抱きながら読み進めた。

 第二話の「グリコピア神戸」も、うん、まあそうだろうな、という印象。お菓子工場は絶対面白いんですよ。誰でも喜ぶ鉄板のネタ。しかも、グリコなんて超メジャーだし。グリコのおまけ(違った、「おもちゃ」だそうです)へのノスタルジーも、まあよくある感想。

 第三話の「桑野造船」。このあたりから、つい見過ごしてしまいそうな話題に目を向けてすくい上げる、プロの作家の筆が冴え始める。でも、マイナー競技ではあるけれども、ボートはやっぱり華やかなスポーツだ。「アイツは大学ボート部の後輩だから何でも聞いてくれるんだよガハハハ」みたいなノリが大嫌いな私としては、極力近づきたくない世界でもある。社長さんが「がんばっても、がんばらなくても、ボートを楽しもう」と言っておられる話に救われた。

 第四話「五十畑工業」、ここからですよ。小川さんの真骨頂は。保育園の子どもたちを乗せているあのカートを作っている会社! こういう話を小川さんの筆で読みたかったんですよ。会社の人たちが持つ、優しい眼差し。これこそ、弱い人の立場にいつも寄り添って小説を紡ぎ出す小川さんの作風にぴったり。あのカート、「サンポカー」という商品名なんですね。

 第五話「山口硝子製作所」。理化学用ガラス機器の製作って、独特なんですよね。完成した製品は、無駄のない幾何学的な形状をしているんだけど、製作の過程はすこぶるアーティスティック。小川さんが夢中になるのがとてもよくわかる。小川さんは、サイエンス寄りの話お好きだよね。

 第六話「北星鉛筆」。確か、三菱鉛筆の工場には、鉛筆ができる過程を形どったベンチが置かれている、と聞いたことがある。鉛筆を作る人たちは、鉛筆という製品にすごく愛着を感じているんでしょうね。また、小川さんももちろん「書く」ことに特別の思い入れがある人だ。全六話の中でも、一番「愛」があふれている章になったのではないかな。

タグ:読書
Posted at 2021年04月14日 23:30:55
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