2024年04月18日

「大地の五億年」(藤井一至著、ヤマケイ文庫)

 土の研究者である著者が、いかに「土」が作られ、地球上の生命を維持してきたかを語る、壮大な労作です。

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 第1章は、タイトル通り、「土」の起源をめぐる5億年の旅です。5億年前とは、植物が海中から地上に進出した時期です。最初に「岩」から「土」を作り始めたのが地衣類であること、地衣類は藻類とカビが共生したものであること、など、のっけから初めて知る事柄のオンパレードでした。地衣類は植物の一種のように思っていたんだけど、違うんですね。このあと、シダ植物が現れて、泥炭土から石炭ができる話になります。ここで突然、モンゴメリの「赤毛のアン」から「道の土が赤い」というセリフが引用されます。ここだけではなく、この本はしょっちゅう脱線が起きます。基本的に地質学・化学・古生物学などの知識をちりばめた、専門性の高い内容なのですが、こういうユルい脱線が随所にあるので、気分転換になって読みやすい。このあと、森のキノコの役割や、熱帯雨林の生成、北方に追いやられた針葉樹などが紹介され、5億年の旅はいったん完結します。

 第2章は、土と生物との関わりです。一部は恐竜など古代生物ですが、大部分は現在も生きる生物たちのなりわいです。特に、著者が研究者としての第一歩を踏み出すきっかけになったという、熱帯雨林の「茶色い水」の話は興味を惹きました。「木」にあって「草」にないものがリグニン(ポリフェノールの一種)であること、リグニンの分解を請け負っているのが(第1章にも登場した)キノコであること、その実態はリグニン酸化酵素で、これが酸性条件で活性化すること、など、これまた初めて知る話ばかりです。

 第3章は、ヒトによる農業の1万年の歴史です。農業は、「収穫物が持ち出される」という点で自然生態系とは根本的に異なる、という主張が最初に書かれています。つまり、「循環型農業」というのは、ヒトの排泄物を畑に戻さないと成り立たないわけです。当たり前のことですが、根本的な事実として認識する必要はあります。また、ハーバー・ボッシュ法による人為的な窒素固定によって、地球全体で養えるヒトの数が3倍に増大したことも見逃せません。本書では、これに加えて「農業の歴史は土の酸性化との戦い」という視点から、焼畑農業や水田耕作について論じています。

 最後の第4章は、「土のこれから」です。「歴史に照らして私たちの暮らしと土の今と未来を見つめたい。」と著者は言います。典型的な現代人の1日の食生活を例に挙げて、それぞれの食材を「土」を切り口として眺めていきます。問題点がいろいろ見つかりますが、もちろん解決策が簡単に見つかるわけではありません。ただ、まずは「知ること」から始めないといけないのではないかな、と思います。

タグ:読書
Posted at 2024年04月18日 21:24:53
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